天気を心配していたが、流石晴れを呼ぶ男が参加しているので、昨日の鬱陶しい天気とは裏腹に暑くなりすぎる予感を持ちながら集合場所を定刻の9時30分に出発。
集合場所から見える、なんとか山。
斑鳩から国境を超え平群に。
途中、県が整備し企業が協力をし出来上がった路端の花壇を横目で見ながら竜田川を超えていよいよ平群、椿井地区に
昔の道標がありました。
現代の道標もありました。
個人宅の庭にて珍しい灯籠がありました。
皆が何やら発見
そこにあったのは笠地蔵さんでした。
さらに進むと
常念寺さんの鐘楼近くにつきました。そこにあったのが地名の由来の井戸「椿井」がありました。
今でも水が枯れることはないそうです。
この常念寺の上に椿井春日神社あります。
道案内のわかりやすい標識がありました。
ここから本格的に山に入ります。まず手にしたものは
用意してくださっていた杖でした。
ここから後は登りです。
いきなり目にした可哀想な光景手の施しようがなかった。
外来種のラスカルそうですアライグマの赤ちゃんです。
ごめんねと言いながら、引き続きフウフウゼイゼイ。
途中見落としそうな古墳が
やっと到着かな?
ロープをつたい土橋堀切を渡り次なる曲輪に
気持よく眼下の平群谷そして対峙する信貴生駒を満喫
当時の石積み跡ですね
生駒山を望みました。
下界におりますと
一見今の時代の茶碗の欠片かと思っていましたが、なんと当時の物だそうです。何気なしにそこ、ここらにありました。
左近くんの案内に歩きます。
ここらは春日神社が多くありました。
絵馬が多く掛かっておりました。なもで踊りのことが記載してありました。
竹炭を焼くところです。TVで放映されたそうです。皆が疲れていたのでわたしが一句「真ん中で焼いていても炭焼きや」いっそう疲れが増したのは言うまでもありません。
平等寺春日神社に
帰りの路傍の地蔵さん。
出荷間近の日本一の平群の小菊です。
解散は「くまがし」道の駅でした。くまがしとは島さんの家紋かな?
最後までお付き合いありがとうございました。私も疲れましたのでオヤスミナサイ。
エライ大きな音がトドロキそしてゴロゴロピカピカ!「大阪方面だから奈良は大丈夫」寝ぼけ眼で。
今日は「かぎろひ歴史探訪」の日、しかも何時もより30分も早くの集合、9時30分「近鉄御所駅」私のホームステーション「王寺駅」からは(非常に)2便利の悪いところ、従って私が到着したのは「JR御所駅」
約束の集合場所は「近鉄御所駅」テクテクと歩いて
そこからバスに乗って船路の船宿寺に・・・
バスの前が撮りたかったのですが・・・(;_;)カメラを用意している間に出発・・・今話題の(話題にする人たちだけですが)日本一長い路線バス「奈良交通、大和八木発新宮行き」でした。
ヤッタゼ!!ついに乗ったぜ!と言いながら船宿寺に。
ここ船宿寺ではご住職の特別講話があり得した気分に、張りのある声とかつれつのいいお話で、まさかのお年とは。
気分を良くして巨勢路を御歳神社に、昨年?「奈良検定試験」に鴨都波神社、高鴨神社との関係はと出題されたとかで、チンプンカンプンでさっぱり分からなかったと大ボヤキのメンバーが居られました。もう少し早くに訪ねておれば楽勝でしたのに。
神社の名前に「鴨」が付いていなかったのでカモにされたのではないかと思いますが、上中下の鴨神社の中鴨神社に位置するらしいです。ここで田中先生のお話があり、その後宮司さんのお話もあり、またまたお得感。
ここから朝町古道(鼓動がいいかも)に、まさかのサ・カ・ミ・チ
そして水泥古墳に。所有はなんと個人!丁寧なご説明の上皆に飲み物までも。
古墳もすごいのですが所有者様のご自宅が長屋門づくりの旧家、こちらも見応えのある素晴らしい物でした。
この中には二つの石棺が埋葬されていました。
この水泥で私達とは掛け離れた若い爽やかな二人に出会いました。ど厚かましくも集合写真のシャッターを切っていただきました。
「ありがとう」そうして駅に「薬水駅」に・・・・
素晴らしい流し撮りJR和歌山線です。写真を撮ってる暇があれば急いで近鉄に乗っていたら(電車が来たのです)次の駅「吉野口」で乗り換え、写真の電車で「王寺」まで帰れたものを・・・・
一昨日暗闇の1時半頃に田舎出雲安来の我家に到着直ぐに眠りにつきたいところだが、一応お掃除なるものをして眠りに。そうそう今回は息子と二人ヤモメ帰省です。眠りについたのは良かったのですが昼の暑さは何処へやら、寒くて目が覚める始末でした。
今日義理の姪が目出度く結婚の儀を迎えることになりましたので、帰ってきた次第です。
今朝の田園風景です。残念ながら名峰大山は雲の中で眠りを貪っております。
小菊の里平群で行われた時代祭、年々人出が増えているそうです
途中で音を立て飛んできたのは「忍者」皆ビックリ、一番人気がありました。