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2014年10月2日木曜日

雨?何処のお話?

TVのお天気は何処を見ても今日は50%前後の雨予報。カッパを傘をリュックに入れ、イザ出陣!
今日の集合場所はJR万葉まほろば線櫟本駅(いちのもとえき)。
そうです今日は「かぎろひ歴史探訪」の日です。
ひとしきり駅舎と広場でこの辺の歴史を頭に入れ出発です。


駅前を出発し向かった先は「楢神社」(ならじんじゃ)そして「和邇坐赤坂比古神社」(わににいますあかさかひこじんじゃ)を経て天理教大教会の中を通らせていただき「東大寺山古墳」に。この古墳は前方後円墳で後円部の方に登ることが出来ましたがキツイ道でした。北を正面とする全長140メートルの大きさがあります。
古代ヤマトを考える時東の東大寺山古墳、西の箸墓の間がそうであったのではと私も考えています。今日の歩きでいっそうそう思いました。




まさにフリーキックをしようとしている狛犬。

和邇下神社は和邇下神社古墳の後円部の上に建立された神社で、祭神は出雲系の神々です。
美女が向かっているのが下の写真の古墳赤土山古墳です。



ここで記念写真を撮りました。





この古墳はこのように公園となっていました。
次に向かったのが天理教本部を通り抜け天理高校、大学の一角に位置する西山古墳、塚穴山古墳でした。



石室の天井などはありませんがその大きさにはビックリしました。
塚穴山古墳でした。








温故知新の世界を見事に現しておりました。

この後希望者が参加します恒例の御蔵巡りです。
今日の若き社長はキビキビと好感が持てる社長でした。
「黒松稲天」(大和の地酒 ここにあり)駅に向かう足取りが今までとは違う足取りになって「さようなら、また次に逢いましょう」と車中の人となり、「ただいま~」と普段の私に。

2014年9月14日日曜日

聖徳太子

記紀・万葉ウォーク「聖徳太子の足跡をたどるⅡ」が今日から始まり参加してきました。
主催は奈良県観光ボランティアガイド連絡会。共催が聖徳太子ウォーク実行委員会で、初日の今日は三宅町でした。
勿論案内は三宅ボランティアガイドの会の皆さんでした。
まず、午前に初回を記念し地元の誇り、奈良県立図書情報館館長の千田稔先生による太子道 ー女帝と太子を結んだ道ー と題されての講演があり昼食をはさみ午後より三宅町内を散策ウォークしました。




なんでも三宅町は恋人の聖地とかで恋人同士で訪れたら「恋人証明書」なるものがいただけるそうです。このベンチは吉野杉でデザインは桂由美さんだそうです。昨日はご本人が腰を掛けられての写真撮影が行われたそうです。
今三宅町は万葉集に読まれた「あざさ」(学名アサザ)にちなみ、あざさ祭が行われていました。


五弁の黄色い小さな花をつけています。水草なのでどこか葉っぱはホテイアオイに似ていました。
暑い中和みの花を見ながら先を急いでいましたら
万葉の世界へとタイムスリップしたかのようなもてなしを受けました。
これで読みが「ともんど(伴堂)」だそうですが、思い出しました。以前「かぎろひ歴史探訪」で訪れたところで、田中先生にご説明を頂いた地区でした。
当時から「杵築神社」が多く出雲系神社が多いところだと感じていたところでした。今日の参加者の皆さんも多分にそのことを感じられたご様子で盛んにご質問されていました。
今日はじめて聞いたところでは杵築神社さんは道の神様だということでした。私の勝手な解釈では「杵築」農耕の神様だと思っております。穀物がよく実り出来たものを脱穀することが出来ますようにと、祈りを捧げるのとお礼を申し上げる神社だと。
昔は杵(きね)で築いて脱穀をしたこと。今では杵でお餅をつきます。
土を突き固めるのは版築で丸木にタコ足のような木を取り付けて固めたのではないかと。
昔から穀物がよく採れるところにある神社ではないかと思うのです。ここ三宅町には三箇所も杵築神社がありました。
もうひとつ三宅町は折り鶴の町でもありました。折り鶴は福祉のシンボルだそうです。
太子の愛馬「黒駒号」の像ですが昭和の初代像は残念ながらあの戦争で供出されたそうで、これは2代目平成産まれそれも24年です。ここには太子が腰をかけられた「腰掛石」もありました。私も疲れてきたので腰掛けたかったのですが柵がしてあり無理でした。
この後古墳等を遠目に見学、説明を受けたりしました。
今日の太子道・すじかい道はまだまだ?だらけだそうです。
三宅も環濠集落だそうで流れのない堀川がありました。
そうそう「冷やし飴」のおもてなし、ありがとうございました。

駅のホームまで見送りに来てくれた「みやっぴい」ありがとう。

どちらが、みやっぴい でしょう?

2014年8月19日火曜日

行ってきました都塚!

16日の現地説明会が付け落ちのため行けず、やっと今日行ってきました。
一人「トツカ」と略して読んでいます「みやこづか古墳」今日の様子です。すでに発掘されたところにはシートが掛けられていました。
写真はないのですが関西大学の学生さんでしょうか3人で発掘部分の平面と高さを図る測量をされていました。見ていてもどかしくなり、つい「手伝おうか?」と言いそうになりました。
羨道からの家形石棺は鉄格子越しより見学するいつものスタイルに戻っていました。その鉄格子の処に現地説明会で配布された資料があり大変喜びました。
私一人かと思いきやポツリポツリと一人で、夫婦で、また親子で友人とと来られていました。車では東京の足立区ナンバーで来られたのが目を引きました。

近くにこんな案内がありましたので行きましたが、あまりのきつさに途中で残念をしました。
ここの阪田地区は名前の通り坂の集落で阪田の棚田としても知られたところです。
多武峰(とうのみね)より明日香石舞台に下る途中に位置しますので当り前かもですが。しかしとても見晴らしの眺望の良い所です。






もう一度都塚古墳を






斑鳩よりミニバイクで尋ねましたら流石に歳を感じました。
まだまだ若い!

2014年7月19日土曜日

勝手に・・・

先日天理市のほんの一部を歩いた時の一コマです。
場所は目的だったウワナリ古墳です。
入り口は四つん這いになり入りましたが中はビックリ。
天井岩までの高さが少し大げさに5メートルあり広さは約10坪、体感温度は18℃外から比べれば天国でした。当然天井岩や壁の岩には水滴が。
次の写真の者は決して人様には危害を加える者のでありませんが、用心のため金網がしてあります。従って勝手に〇〇はあたえないで下さい。でも一定の大きさの上質の紙の印刷物は大丈夫です。


中の様子です



天井の大岩です。 
続きは又の機会に。

2014年7月2日水曜日

少し遅れた❢

少し遅れた!何が?それは・・・・写真を撮るのが。

もう少し前は黄色の色も、もっともっとホットモットのように濃くて鮮やかだった。
ところでお花の名前は?百合でしょ!紫のは?紫蘭でしょう。

ついでにもう一つ


2014年6月5日木曜日

雨にビクビク南生駒

昨日梅雨入りをした我が町我が県、天気予報は何処を見ても雨!雨それも大雨予報。
近鉄生駒線南生駒駅10時集合の「かぎろひ歴史探訪」春の部最終回が行われるので天気が大いに気になっていた。
いつものように駅で受付案内をしていると、予期せぬお方のお顔が飛び込んできた。現在では閉鎖されたブログ「ナラ咲く」時代から存じ上げている葛城古道やその周辺のエキスパートで私の、山歩きの師匠で隊長のお顔でした。
そしてもう一人、遠方千葉からの参加者のお方と毎度です!の皆さん。お顔があえば「天気がもう一つ・・・降らねばいいですね」のご挨拶。
駅前広場では、颯爽と軽トラで。ご主人をアッシー君にされて、ここの処お顔が見えなく淋しさを感じていた元気むすめのNさんが登場され空模様とは大違いの明るく陽が射し、受付場が明るくなりました。
いざ出発!アレレ風は強いが雨は???参加者の皆を始め主催者の田中、豊永先生も「私が晴れ男、私が晴れ女」と口には出されないが心でつぶやきながら宝幢寺をめざして一歩一歩と。


用意周到カッパのズボンで颯爽と!


傘は雨のためではありません、咲した途端に強風でラッパに。
宝幢寺を後にして生駒山の稜線を棚田越しに仰ぎながら、雨にビクビクしながら美努岡萬の墓(みののおかまろ)に向かいます。



田植えが終わった半円形三日月形の棚田を撮りこみ狙うは生駒山(モデルは豊永先生)


美努岡萬(みののおかまろ)と美努氏について田中先生のお話を聞きそして「往生院」に。ここまでまだ雨は降りませんやはり私が「晴れ男」だったのか。
ここ往生院は「行基菩薩」が火葬に付された処で、宝篋印塔(国重文)があり「竹林寺の」奥の院とか。


宝篋印塔
本堂の裏には行基菩薩のお墓とされる五輪塔があります。

「今頃雨が降ったら、往生しまっせ!」などと冗談を言いつつ次なる目的地「竹林寺」にむかいました。
竹林寺には竹林寺古墳もあります、何でも前方後円墳だったそうですが今では後円の方しか残っていません。
この付近では一番古い古墳だそうです。


はじめてみました絵心経です。なんでも文字の読めなかった人々にわかるように、絵文字で表してあります。


本堂には獅子に乗られた文殊菩薩さまが、とても神々しくうつりました。勢至菩薩様ご苦労さまです。
竹林寺さんをお借りして、お弁当タイムと先生の講義を聞きました。竹林寺様のご厚意でお味噌汁が振る舞われ、とても嬉しく美味しくいただきました。感謝です!
竹林寺を後にして「圓福寺」さんに。心臓破りの階段を登り


素晴らしい眺望を。
迎えてくれたのが2基の宝篋印塔でした。
再び歩きます、めざすは往馬大社(いこまたいしゃ)ですが、もう!すぐそこに見えてます、しかしここからが結構長い。







 急な階段を登ります。登ったら・・・


立派な本殿が。ここで若き神官に神社についての説明をうけました。
往馬大社でお祭りの説明を聞き勇敢な若者が生駒にはおられることを改めて認識し足早に向かいました。
何処に向かったのでしょう?
そうです!上田酒造さんに向かったのです。
一番楽しみにされてた試飲の時間です。
どれにしようか?と思案顔、その点私は直ぐ決まります。「お水」ですもの。
今回は私もお土産に求めました。


今回の歴史探訪春編は今日で終わりですが、9月11日より秋編がスタートします。
9月11日が近鉄橿原神宮駅周辺から近鉄畝傍御陵前駅周辺。
10月2日がJR櫟本駅周辺から天理駅周辺。
10月23日が多武峰から明日香周辺。
11月6日が近鉄上市駅から津風呂湖周辺。
11月20日が奥明日香柏の森周辺。
12月4日が天の香具山周辺。
以上となっております。いずれも木曜日集合時間は10時です。
詳しい詳細は「かぎろひNOW」「かぎろひ歴史探訪」をご覧くださいませ。
とうとう雨のない一日で終わりました。
皆様お疲れ様でした。秋には再びお元気なお顔をお見せ下さい。
まだお出会いしていない新しいお顔もどうぞ拝顔出来ますように。
「かぎろひ歴史探訪」勝手に応援団でした。